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教会の教職、信徒について (基本的考え方、務めなど)

 
 一般に私たちは牧師(教職)以外の教会員を信徒と理解しています。しかし、それはある意味では正しく、ある意味では不適当です。牧師と信徒には共通の務めがあること、一方両者は職務を異にしていることを、聖書と教会の歴史に照らし合わせて正確に把握することが大切です。
 

教職とは、信徒とは ・・
 
 新約聖書の幾つかの用例を見ますと、イエス・キリストを信じるすべての人は信徒であると規定されています。
 信徒の群れは、「神の民」(ヘブライ11章25節)、「教会」(使徒8章1節)、「キリストの体」(ローマ7章4節)と呼ばれ、また「選ばれた氏族・祭司の聖なる国民・神につける民」(1ペトロ2章9節)と呼ばれています。つまり新約聖書は、主イエスを信じる者はすべて(牧師も信徒も)信徒の群れに属する者であり、信徒であると見なしているのです。また、全信徒はキリストの体としての教会に連なる枝であり、福音宣教の使命に召されていると述べています。宗教改革の一つの要点は万人祭司の信仰の主張にありましたが、これは聖書に記されている正統的な信仰の再発見でありました。
 
 他方、新約聖書は牧師と信徒を分けてもいます。これは機能、職分の側面から考える場合の分け方ですが、この点を曖昧にしていません。ある人は牧師として召され、ある人は信徒として召されていると両者の職分を明瞭に分けています。
 「そこで、12人を任命し、使徒と名付けられた。彼らを自分のそばに置くため、また派遣して宣教させるため」(マルコ3章13節)。
 「ある人を使徒、ある人を預言者、ある人を福音宣教者、ある人を牧者、教師とされたのです。」(エフェソ4章11~12節)。
 
 このように主から召され、教会によって任職された牧師は、説教と聖礼典(洗礼と聖餐)の執行に携わり、祈りと牧会に専念し、また信徒と共に伝道と奉仕と交わりに励むのです。
 
 つまり、新約聖書は主イエスを信じる者はもれることなく教会の育成と福音宣教の業に召されていると述べると共に、ある人は牧師職に召され、ある人は信徒職に召されているとその職分を区別するのです。どちらも光栄ある召命を受け、どちらも重い職務を与えられていることに変わりはありません。牧師職も軽んじてはいけませんし、信徒職も軽んじてはなりません。牧師の務めの重さを認識する人は、信徒の務めを重んじることでしょう。また、信徒の務めの重さを認識する人は、牧師の務めを重んじることでしょう。両者は相反する役割を担っているのではなく、調和すべき協力者として主イエスにより計り知れない信頼をもって教会に召されているのです。
 
 牧師と信徒の違い及び共通点を以上のように理解し、それぞれが与えられた主の召しに応答し、共に働き、主から託された教会の使命を果たすことが期待されています。それぞれは自分を信頼して職務をお授けくださった主に対して責任を果たすべきです。
 
 〈注〉  教職とは牧師及び伝道師などの教師資格を与えられた者をいいます。カトリックや聖公会に
     おいては教職ではなく聖職という職名を用いています。プロテスタントの諸教会では聖俗の区別を
しない万人祭司主義により教職と称しています。

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