About Nazarenes・教団紹介

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CONFRESSION OF FAITH

信仰告白

 ナザレン教会の信仰告白 

前 文

 
 私たちは、神が私たちに与えられた嗣業、すなわち聖徒たちにひとたび伝えられた信仰、特に第二の恵みのみ業としての全き聖潔(きよめ)の教理と経験とを保持し、神の国の前進のため、他のキリスト教会諸派とよく協力するために、ナザレン教会の教職並びに信徒は、私たちの間で確立されている教憲教規制定の精神に則って、ここにナザレン教会の基本的法規、すなわち憲法として信仰箇条、一般規定、政治組織に関する条項を以下のように制定し、採択し、公布する。

(1) 三位一体の神

 
三位一体(父・子・聖霊)
 私たちは、唯一であり、永遠に存在し、無限である神、すなわち宇宙の支配者である神を信じる。彼のみが神であって、創造し、統治し、その性質、属性、意図において聖であり、その本質的存在において三位一体であり、父、子、聖霊として啓示されることを信じる。
 
〈注〉  神は父・子・聖霊として、それぞれ位格(ペルソナ)を持ちつつ一体である。これは奥義であって、有限な私たちの頭脳では測り知ることができないが、聖書には、神の三位一体性を暗示する箇所がある。(マタイ28章19節、1コリント13章13節、ローマ8章11節、ヨハネ14章15~17節、その他)
この三位一体の神は、一位格で三様の顕現をされる神ではなく、永遠的本質的に三位一体で
あられるが、同時に、父・子・聖霊として顕現されるお方であると信じる。

 (2) イエス・キリスト

 
イエス・キリスト
 私たちは、三位一体の第二位格であるイエス・キリストを信じる。彼は永遠より父と一つであり、聖霊によって受肉し、処女マリアより生まれ、それゆえ神性と人性との完全無欠な二つの性質を一つの人格に持つお方、すなわち真の神であり、真の人である。
 私たちは、イエス・キリストが私たちのすべての罪のために死に、まことに死人の中からよみがえり、再び完全な人性に属するすべてのものを備えた肉体をとり、そのまま天に昇り、そこにおいて私たちのためにとりなしておられることを信じる。
 
〈注〉  イエス・キリストという一人格には、神性と人性との二つの性質がある。このキリストの両性は、カルケドン信条(451年)で決められたように、「混淆せず、変化せず、分割せず、分離せず」両性において信じ、告白されなければならない。 キリストは、永遠より父から生まれ、 父と一つであり、父と共におられるお方である。

 (3) 聖霊

 
 私たちは、三位一体の第三位格にいます聖霊を信じる。彼は常に存在し、イエス・キリストの教会の内に、教会と共に力強く働き、世の人々に罪を自覚させ、悔い改めて信じる者を生まれ変わらせ、信じる者をきよめ、イエスにあるすべての真理へと導かれることを信じる。
 
〈注〉聖霊は単なる「光」とか「力」といった概念や感化力ではなく、人格をもたれるお方であり、また、そのようなお方として働かれる。

 (4) 聖書

 
聖書
 私たちは、聖書の完全霊感を信じる。すなわち、旧新約聖書66巻は神の霊感によって記され、私たちの救いに必要なすべてのことについて、神のみこころを誤りなく啓示している。それゆえに聖書に含まれていないことは、いかなることも信仰箇条としてはならない。

 (5) 原罪(堕罪性)、個人的罪

 
罪
 私たちは、罪が最初の人間の不従順によってこの世にもたらされたこと、また罪によって死がもたらされたことを信じる。
 私たちは罪には二種類、つまり原罪(オリジナルシン)、すなわち本質的な堕罪性と、個々人の犯す実際的な罪(プラクティカルシン)があることを信じる。 私たちは、原罪すなわち堕罪性とはアダムのすべての子孫の人間性の腐敗であり、それゆえすべての人間が原義(最初の人間が創造されたとき持っていた純潔な状態)からかけ離れており、神に背き、霊的生命を持たず、常に悪に傾く者であることを信じる。さらに原罪は聖霊のバプテスマによって心がきよめられるまでは、新生した者の新しい生命と共に存続するものであることを信じる。
 私たちは原罪と実際的罪との違いを信じる。すなわち、実際的罪とは原罪のゆえに私たちが生まれながら犯す罪であって、その罪を赦そうとされる神の恵みを無視、あるいは拒絶するならば、みずからその責任を負わなければならない。
 私たちは、実際的、人格的な罪とは、道徳的責任を負う人間が、教えられている神の戒めを意志的に破ることであると信じる。それゆえに意志的でない避け難い欠点、弱点、短所、過ち、失敗あるいはその他の逸脱は、堕罪の影響の結果なのであるから、それらを完全な行為の基準と混同してはならない。これらにはキリストの霊に逆らう霊的罪といわれる態度や応答は含まれていないからである。私たちは実際的な罪とは何よりもまず愛の律法への違反であり、キリストとの関係においては不信仰と定義されるものであると信じる。
 
〈注〉  堕罪性としての原罪は、人間の全存在に影響を与えているから、人の全機能は常に悪のために用いられる。これは、聖潔の源泉である聖霊の臨在が、アダムの不従順と共に撤去せられた結果である。それは、ちょうど、死と共にからだの生命力が失われて物理的崩壊を始めるようなものである。このようにして、アダムの子孫である私たちは、堕罪前の正しい人間とは違ったものになった。しかし、悔い改めて救い主を信じる者の霊性は生かされ、さらに聖霊に満たされるときに、罪は除かれ、罪性から自由にされる。

 (6) 贖罪

 
十字架
 私たちは、イエス・キリストが、その苦難と自らの血を流されたことによって、また十字架上における身代わりの死によって、すべての人の罪のために完全な贖罪をなされたことを信じる。この贖罪のみが救いの唯一の根拠であって、アダムの子孫であるすべての個人に対して十分であることを信じる。この贖罪は責任能力のない者、無垢な幼児にとっては恵みにより有効であるが、責任を負える年齢に達した者にとっては、悔い改めて信じるとき初めて有効となることを信じる。
 
〈注〉イエス・キリストの苦難と死は、ひとりの殉教者や英雄のそれではなく、万人の罪の贖いのための死である。この十字架による贖罪こそが、キリスト教独自のものである。

 (7) 先行恩寵

 
 私たちは、人間が神のかたちに似せて創造されたことが善悪を選択する能力を含むものであり、その結果、人間は道徳的責任を負う者となったが、アダムの堕罪によって堕罪性のあるものとなり、そのため恩寵なしには自分自身の力と行いによっては信仰に立ち帰ること、神を呼び求めることが出来ないと信じる。しかし私たちはイエス・キリストを通して神の恵みはすべての者に無代価で与えられ、それによって罪から離れて義に立ち帰り、イエス・キリストを信じ、罪ゆるされ、罪からきよめられ、神の前に喜ばれ、受け入れられるよい業ができる者となることを信じる。
 私たちは、新生と全き聖潔(きよめ)の経験にあずかった者であっても、恵みから脱落し、棄教することもでき、その罪を悔い改めないかぎり、救われる望みもなく永遠に滅びることを信じる。

 (8) 悔い改め

 
悔い改め
私たちは、悔い改めとは真心を伴った徹底した心の変化であり、個人的罪責感とその罪から自発的に離れることを伴うものであり、行いと意思において神に背いて罪ぴととなったすべての人に悔い改めが要求されていることを信じる。神の霊は悔い改めようとする者に心からの改悛への恵み深い助けと憐れみへの希望を与えて、信じることによって赦しと霊的な生命を得させて下さる。

 (9) 義認・新生・子とされること

 
 私たちは、義認とはイエス・キリストを主、あるいは救い主と信じ、受け入れるすべての者に、犯した罪を全くゆるし、その刑罰から完全な解放を与えて、義なる者として受け入れられることであると信じる。これは神の恵み深い司法的行為である。
 私たちは、新生とは、悔い改めて信じる者の道徳性が目覚めさせられることであり、信仰と愛と服従を可能にする明確な霊的生命へと導く神の恵み深いみ業であることを信じる。
 私たちは、神の子とされるとは、義とされ新生した信徒を神の子として受け入れられる神の恵み深いみ業であることを信じる。
 私たちは、義認・新生・神の子とされることは、神を求める者が同時にそれらを経験するものであり、また、悔い改めによる信仰を条件として与えられ、さらに聖霊はこの恵みの業とその状態を証しして下さると信じる。

 (10) 全き聖潔(きよめ)

 
 私たちは、全き聖潔(きよめ)とは新生の後になされる神のみ業であり、それによって信徒は原罪すなわち堕罪性から自由にされ、神への全き献身の状態に導き入れられ、愛による聖なる服従が全うされることを信じる。これは聖霊のバプテスマによってなされ、罪から心がきよめられ、聖霊の絶えざる内住により信仰者の生活と奉仕に力が注がれる経験である。
 全き聖潔(きよめ)は、イエスの血によって備えられ、全き献身の後に信仰によって瞬間的になされるものであり、聖霊はこの恵みの業と状態とに対して証しされる。
 この経験は、また、異なった面を表わすいろいろな名称、すなわち、「キリスト者の完全」「全き愛」「心の純潔」「聖霊のバプテスマ」「祝福の満たし」「キリスト者の聖化」などによって知られている。
 私たちは、きよい心と成熟した品性との間に明確な区別があることを信じる。前者は瞬間的に得られる全き聖潔(きよめ)の結果であるが、後者は恵みのうちに成長する結果として得られるものである。
 私たちは、全き聖潔(きよめ)は恵みのうちに成長しようとする強い願いをもっているものであることを信じる。しかし、この強い願いは意識的に養成されなければならない。キリストに似た品性、人格へと霊的に成長するために必要な条件と過程には細心の注意が払われなければならない。そのような意図的な努力なしにはその者の証しは損なわれ、恵みも無駄になり、ついには失われる結果となる。
 
〈注〉全き聖潔(きよめ)は、全き献身をした後に、信仰によって瞬間的になし遂げられるものであるが、この恵みを受けるときの条件である信仰と服従を保持することによって、言い換えると、不断にイエス・キリストから聖潔と力とを受け続けて行くことにより恵みのうちに成長することができる。

 (11) 教会

 
教会
 私たちは、イエス・キリストを主と告白する共同体、キリストにあって新しくされた神の契約の民、み言葉を通して聖霊によって共に召し集められたキリストの体である教会を信じる。
 神は聖霊による一致と交わりによってその生き方を示す教会、すなわち、み言葉の説教がなされる礼拝において聖礼典を守り、主のみ名による働きをなし、キリストヘの従順と教会員相互の責任分担において生きる教会を召しておられる。
 この世における教会の使命は、聖霊の力を受けて、きよい生き方・伝道・教育・訓練・奉仕を通して、キリストの贖罪の業を継続して行くことである。
 教会は歴史的な存在であり、さまざまな文化的状況の中で組織されるものであり、各個教会と普遍的教会とが存在し、神に召された者たちをそれぞれ、さまざまな固有の働きにつかせる。神は、主イエス・キリストの再臨における完成を待ち望みっつ神の支配の下に生きる教会を召しておられる。

 (12) 洗礼

 
洗礼
 私たちは、主イエスによって命じられたキリスト教の洗礼は、イエス・キリストの恵みを受け入れたことを表わす聖礼典であり、救い主としてイエス・キリストを信じる信仰を持って、聖く正しく服従しようとする全き決意を表明する者に授けられるものであることを信じる。
 洗礼は新しい契約のシンボル(しるし)であるから、両親あるいは保護者が、その子に必要なキリスト教訓育を与えるとの決意をもって希望するならば、それに応じて幼児にも授けてよい。洗礼の授け方は志願者の希望によって、滴礼、注礼、浸礼のどの方法を用いてもよい。

 (13) 聖餐(主の晩餐)

 
 私たちは、救い主、主イエス・キリストによって制定された記念と共同の晩餐が本質的に新約の聖礼典であり、キリストの犠牲的死を表わし、そのことによって信仰者に生命と救いとキリストにあるすべての霊的祝福の約束が与えられることを信じる。聖餐は、明確にその意味を深く味わう準備ができている者のための聖礼典であり、これをもって主が再び来られるまで主の死を告げ知らせるのである。聖餐は、共同の食事であるから、キリストを信じる信仰を持ち、兄弟姉妹を敬愛する者のみがこれにあずかるように招かれるべきである。

 (14) 神癒(しんゆ)

 
 私たちは、聖書的教理である神癒を信じる。信徒が病気の癒しのために信仰をもって祈り求めることを勧める。しかしまた、神が医療行為を通しても癒されることを信じる。

 (15) キリストの再臨

 
 私たちは、主イエス・キリストが再び来られ、そのときに生きている者は、キリスト・イエスにあってすでに眠っている者に先立つことはなく、私たちがキリストに結びついているならば、よみがえった聖徒だちと共に携え挙げられ、空中で主に会い、いつまでも主と共にいるようになることを信じる。

 (16) 復活、審判、永遠の定め

 
 私たちは、死人の復活、すなわち義なる者も不義なる者も、その体がその霊と共によみがえらされることを信じる。善を行った者は生命を受けるためによみがえり、悪を行った者は審判を受けるためによみがえることを信じる。
 私たちは、すべての人が神の前に立ち、この世において行った行いにしたがって審判を受けることを信じる。
 私たちは、栄光に満ちた永遠の生命が、主イエス・キリストを信じて救われ、従順に彼に従うすべての人に保証されていることを信じる。また、最後まで悔い改めない人は、永遠の滅びという刑罰を受けることを信じる。
 
(以上)

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